呼ぶ範囲

葬儀は、故人のため、家族のため、つながりのあった全ての人のために行うもの

参列者をどこまで呼ぶべきか。
葬儀を執り行う上で喪主様の頭を悩ます問題です。
昨今の葬儀は家族葬が主流ですから、家族や親族だけの葬儀というものが当たり前になりつつあります。
しかし、そもそも葬儀は、社会的につながりのあったさまざまな人たちが一堂に集まり、故人様を偲び、そして遺族を慰めるものです。
葬儀の決定権は喪主にありますが、弔う権利はどんな人にもあり、弔われる権利もまた、どんな人にもあります。
声掛けの線引きによってはトラブルをも引き起こしかねないのは、声をかけてもらえずに”弔う権利”を行使できなかった人たちの不満でもあります。
この記事では、葬儀のスタイル別に、参列してほしい人に声をかける範囲について考えてみます。

人が亡くなると葬儀を執り行う。
これは古今東西問わず、いつの時代も、どんな場所でも営まれてきた文化です。
人間には、亡くなった仲間に礼を尽くして送り出す習性があるようです。
仲間がひとり失われることは、個人レベルでは悲しみや動揺に襲われ、社会レベルではこの社会を構成する成員の欠落を意味しました。
遺された人たちは、故人の死をきちんと受けとめ、来世での安寧を祈ることにより、死によってもたらされた秩序の欠落を埋めようとします。
人ひとりの死は、その人とつながりのあった全ての人たちに、深い悲しみを、そして動揺を与えるのです。
たしかに、一番の当事者は家族かもしれません。しかし、その知らせはやがて同心円状に広がっていきます。
家族、親族、友人、知人、仕事関係やご近所づきあい…
その人の死が、故人や家族だけでなく、社会全体に影響を及ぼす以上、葬儀はつながりのあった全ての人のために行われなければならないのです。
葬儀は、故人のため、家族のため、つながりのあった全ての人のために行うもの

”参列者をどこまで呼ぶか”という観点から、家族葬の是非を考える

”参列者をどこまで呼ぶか”という観点から、家族葬の是非を考える
昨今、葬儀のスタンダードになっている家族葬。
家族葬がここまで普及したのには、それなりの社会的な理由があります。

●高齢化が進み、故人様とつながりのあった人たちの参列が困難になった
●ライフスタイルの多様化により、地域社会とのつながりが希薄化した
●終身雇用制度の崩壊や非正規雇用の拡大などで、会社への帰属意識が低下した
●バブル崩壊による景気低迷で、葬儀に費用をかけなくなった

しかし、葬儀の本質は「人が人に会う」ことではないでしょうか。

亡き人を偲びに会いに行く。
遺された家族を慰めに葬儀場まで足を運ぶ。
お坊さんが心を込めて死者を供養し、遺族を励ます。

葬儀において大切なのは、祭壇や棺や香典などではなく、人と人のつながりが感じられるかどうかだと思われます。
10万年前のネアンデルタール人は、この世を去った仲間に花を手向けたのだそうです。
彼らは、祭壇や棺や香典などなくても、大切な仲間の死を悼み、仲間同士で悲しみを共有したのです。
そういう観点から考えると、参列者を制限する家族葬が本当にあるべき形なのか、考え直してしまうのは筆者だけでしょうか。
祭壇を簡素にしても人は呼ぶべきだと、個人的には考えてしまうのですが、社会は参列者を制限する葬儀をよしとしました。
社会の状況に合わせて葬儀の形も変質するのは当然のことですが、家族葬は「人が人に会う」という葬儀の最も大切な部分が抜け落ちているような気が、どうしてもしてしまうのです。
”参列者をどこまで呼ぶか”という観点から、家族葬の是非を考える

スタイル別 参列者の範囲を”サザエさん”で考えてみる

ここまで書いてきたのは、筆者の個人的な想いだけでなく、葬儀の本質を冷静に公平に考えてみたものです。
しかし、本質論ばかり突き詰めてもいけません。現実に目を向けなければなりません。
実際の現場では、どこまでの人に声をかけるべきなのか、なかなか難しい問題です。
「どなたでもお越しください」というスタンスであればなんら悩むことはありませんが、「どこかで線を引いて参列者を限定しよう」となると、声をかけると人とかけない人との間で、問題が生じます。
ここでは話を分かりやすくするために、”サザエさん”の磯野家を例にとって、波平さんの葬儀(喪主はフネさん)から、そのスタイル別に、声がけの範囲について考えてみましょう。



【家族葬の場合】

家族葬の参列者の基本は、家族と親族です。
ただし、家族葬とは小規模葬儀の総称ですから、「絶対に家族だけでないといけない」「〇親等以内の参列しか認めない」などの決まりはありません。

●家族だけを呼ぶ場合
家族と言っても、本当に故人の核家族だけで葬儀をするケースもあります。この場合、親、子、孫の直系家族だけになるので、参列者は指で数えられるほどの少ない人数です。
磯野家でいうと、まさにおなじみの、配偶者のフネ、子のサザエ、カツオ、ワカメ、娘婿のマスオと孫のタラオだけが参列します。

●家族だけでなく、親戚も呼ぶ場合
家族葬とはいえ、家族や親族を招いて葬儀を行う場合は人数が大きく膨らむこともあります。親戚づきあいにもよりますが、30人や40人を超えることもざらにあります。
たとえば、故人波平には、九州に双子の弟と、年の離れた妹がいますが、この家族にも声をかけた場合、本人だけでなく、その配偶者や子の参列も見込まれます。
その他、喪主のフネの親戚、サザエの婿のマスオの親戚も参列の対象になるでしょう。
もちろん、波平側の遠戚に当たる、ノリスケ、タイ子、イクラちゃんの家族には必ず声がかかるでしょう。

●家族葬とはいえ、親族以外のごく近しい人を呼んでも構わない
「家族葬」と名前がついていますが、家族や親族以外は呼べないのかというとそんなことはありません。
血のつながりがなくとも、特に親しくしていた人を呼ぶかどうかは、喪主の考え次第です。
隣に住む伊佐坂先生の家族が呼ばれても何らおかしくはありません。
また、隣近所に住んでいた、裏のおじいちゃんやおばあちゃんも家族ぐるみで付き合っていたところを見ると声をかけてもよい間柄かもしれませんが、高齢のため、「無理に来なくてもいいですよ」と配慮してもよいでしょう。

【一日葬の場合】

一日葬とは、通夜を行わずに、葬儀と火葬を一日で済ますスタイルのことです。
本来通夜とは、夜通し故人様に寄り添うことを意味しましたが、近年は、一般参列者(友人、知人、隣近所、会社関係などの親族以外の人たち)のために開かれていました。
仕事や学校を終えて参列できるように、夕刻に執り行われます。
しかし、家族葬ではそもそも一般参列者がいないため、通夜そのものの存在意義がなくなります。
こうした流れから、家族葬を行う人たちの中から一日だけで済ます葬儀が営まれ始めたのです。
ですから、一日葬の場合は、訃報の声掛けは家族や親族に限定しましょう。
磯野家で言うならば、九州に住む故人波平の兄弟と、ノリスケさん程度まででしょう。
もしもフネさんの親戚筋(静岡の石田家)やマスオさんの親戚筋〈大阪のフグ田家)にも声をかけるのであれば、通夜も執り行うことをおすすめします。
一日葬では、あまりにも日程が急すぎます。
通夜を執り行うことで、夜更けまで故人様の思い出話に浸ることができるものです。
葬儀の中でも一番味わい深い時間かもしれません。

【一般葬の場合】

一般葬では、家族や親族だけでなく、関係のあった人たちに広く訃報を流します。
波平の職場関係、マスオの職場関係、そしてカツオやワカメが通う小学校、自治会にも訃報を流すので、隣近所の参列は伊佐坂家や裏のおじいちゃんおばあちゃんには留まらないでしょう。
また、波平は大変多趣味です。盆栽、囲碁、俳句、書画、骨董などなど。漫画やアニメでは出てきませんが、こうした趣味の交友もあるかもしれません。
会社であれ、学校であれ、自治会であれ、代表の人に訃報を渡し、あとは自動的に広まっていきます。喪主や遺族が一人一人に声をかける必要はありません。
そのため参列者の予測がしづらく、料理や返礼品などのお返しものは、少し余分に用意しておかなければならないでしょう。

【火葬式の場合】

火葬式とは、通夜や葬儀をせずに火葬だけをする葬儀スタイルです。「直葬」とも呼ばれます。
火葬式を選ぶ人主な理由は次のようなものです。

●費用を安く抑えたい
●故人や遺族が葬儀の必要性を感じない
●故人が高齢で参列者がいないから

費用も、参列者の規模も、小規模に抑えたいという意向に沿った葬儀スタイルです。
参列者は、同居の家族のほかに、故人波平の親戚、喪主フネの親戚、娘婿マスオの親戚くらいで充分でしょう。

【社葬・合同葬の場合】

社葬とは会社が主催する葬儀、そして合同葬とは遺族と会社が合同で主催する葬儀のことです。
会社の創業者や功労者の葬儀は社を挙げて執り行います。
社葬の場合、多くは事前に家族だけの「密葬」を執り行い、火葬をします。
大規模の葬儀では、訃報の連絡や葬儀の準備に時間を要するためです。
声を掛ける先は必然的に、顧客や取引先がメインになります。
訃報の連絡は、ファックスやメールを用います。
その他、新聞の訃報記事や訃報広告(黒枠新聞広告)などで日時や場所を広くに渡って知らせ、数多くの参列を促します。
社葬は、故人を悼む場だけでなく、会社のトップの交代を知らせる場でもあります。
波平から事業を継承するカツオの挨拶に注目が集まるところです。

【お別れ会・偲ぶ会】

宗教色を抑えたセレモニーを希望する人は、「お別れ会」や「偲ぶ会」を開きます。
葬儀をお別れ会とするケースと、家族だけの密葬を行った後に日を改めてお別れ会を開くケースとがあります。
お別れ会も多くの人に集まってもらい、大勢に囲まれて送り出されることで、故人様も満足されることでしょう。
ただし、招待状などを用いて参列者を制限することもあります。
一般葬と比べて、故人と特に親しかった人たちを招く傾向にあります。
スタイル別 参列者の範囲を”サザエさん”で考えてみる

おわりに

おわりに
いかがでしたか?
参列者の声掛けの範囲は、フネさんやサザエやカツオなど、遺族の考え次第です。
磯野家の場合は人とのつながりが密接でしたから、一般葬が望ましいように思います。
生前につながりのあったひとりでも多くの人に送り出してもらうのが故人様の喜びでしょうし、多くの人に来てもらいお別れをしてもらう「場」をつくることが、喪主の務めなのかもしれません。
おわりに

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